最近、自分がおかしいって事には気付いてる・・・・















ピンクのサルと悩める少年














(あ、あれは・・・・)

世間的には非常に穏やかな午後。

今日も巡回がてら尚和町を歩いていた設楽優は、駅ビルの雑貨屋のショーウィンドウの前で足を止めた。

秋めいてきた季節のせいだろう、色合いが落ち葉色をメインにしているショーウィンドウにちょこんっと座っているのはピンク色のサルのぬいぐるみだった。

大きな黒い目をしているくせに、やけに挑戦的な格好をしたちびっこいぬいぐるみはそのアンバランスさが妙に可愛らしい。

が、普段の・・・・というか、今まで優であれば気が付く事すらなかったようなファンシーな代物だ。

しかし今、優はこのサルのぬいぐるみに気が付いた上、足まで止めている。

ぬいぐるみと目が合ってしまって、という理由で思わずぬいぐるみを買ってしまう人間もいるが、優はまったくそういうタイプではない。

では何故、ショーウィンドウの前でサルのぬいぐるみと向かい合っているのか。

―― 理由は至極簡単な事。

このぬいぐるみを見ていかにも歓声を上げそうな一人の女の子を思いだしたからだ。

ごく最近、一謡として覚醒し阿修羅の太刀の持ち主となった少女、柏木きら。

黒髪を高い位置でくくった勝ち気そうな顔が脳裏を過ぎる。

(好きだろうな、こういうの。)

腕もたってなかなか強気なきらだが、可愛い物にはめっぽう弱い。

特にぬいぐるみは大好きらしくよく分からないふにゃふにゃした人形をやたら嬉しそうに抱きしめているのを見たことがあった。

(このサル、手触り良さそうだし可愛いと言えなくもない。あいつの事だからこんなの見たら大騒ぎして・・・・)

そこまで考えて、優ははっとした。

いつの間にか、ショーウィンドウに額がつきそうなほど顔を近づけていた事に気が付いたのだ。

(こ、これじゃ、ただのぬいぐるみ好きみたいじゃないか!)

気が付いてしまったら背中に視線が痛い。

それはそうだろう。

妙に気むずかしそうな顔をした男子高校生が一人で雑貨屋のショーウィンドウと向かい合っていたら、奇異な図には違いない。

どうにも立ち去るに立ち去れなくなって、優はため息を一つついた。

その拍子にショーウィンドウに写った自分の顔が目に入った。

妙に情けない自分の顔に、優は眉間に皺を寄せる。

―― 最近、自分がおかしいって事には気付いてる。

優にとって誰かの事を考えて自分が動く時、その『誰か』は必ず水希だった。

それが最近『誰か』が『きら』であることが増えた。

それに優は戸惑っている。

水希は主であり優を受け入れてくれた敬愛すべき人物だ。

その人の為に動くのはごく自然で、なんの疑問も違和感もなかった。

けれど、きらの時は違う。

そもそもきらは主でもなければ、どちらかというと喧嘩ばかりしているような相手だ。

そんな相手のために何かしてやること自体が妙だ。

しかもきらを思い浮かべて何かしようとする時は、何か妙な気分になる。

嬉しいような落ち着かないような、それでいて不安なような気分に。

おかしい、おかしいと思いながら、それでもふとした瞬間にきらの事を考えているのだ。

今だって、見つけるはずもなかったぬいぐるみを前に人目も忘れてきらの事を考えていたわけなのだから。

(・・・・何をしてるんだろうな、僕は。)

はあ、と優が再度ため息をついたその時。

「あれ、設楽君?」

「っ!!」

突然背中からかけられた声に、優は飛び退くように振り返ってしまった。

そのあまりの勢いに驚いたのか、きょとんとしている声をかけてきた人物を見て優は心底ほっとした。

そこに居たのは、見覚えのある長い黒髪のどこかほやっとした尚和高校の女子生徒だったから。

「お前は・・・・確か白石陽菜の友人の・・・・」

「日下部仁美だよ。こんにちわ、元気だねぇ。」

「よ、余計なお世話だ。」

ペースを乱されそうな呑気なしゃべりに軽く噛みついて優はそっぽを向いた。

と、仁美は「ん?」と首を傾げて優の横 ―― つまりさっきのサルのぬいぐるみのいるショーウィンドウを覗き込んだ。

「あ、ピンキーモンキー!やったぁ、まだ残ってた。」

「残ってた?」

嬉しそうな仁美の歓声に、優はちょっと眉を上げて聞き返す。

「うん、この子ねぇ人気があるのに限定販売しかしないんだ。」

「・・・・限定。」

「そう!学校終わってからで間に合うかな〜って思ってたんだけど、よかったぁ。」

「・・・・・・・・・・・・・」

ほくほくと笑いながらピンクのサルを見つめている仁美を横目に、優の頭に再びきらの顔が過ぎる。

「・・・・ちょっと聞きたいんだが」

「なあに?」

「か・・・・二年生はまだ授業は終わらないのか?」

「二年生?う〜ん、そうだねぇ。私が学校出る時、まだ授業してたみたいだったから、まだかかるかも。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。」

だとすると、きらがもしこのサルの事を知っていたとしても買いに来れるのはまだ大分後になるという事だ。

(それまでこれは残ってるのか?もし知っていて売り切れになっていたりすると、あいつは)

たぶん、へこむ。

思い切りへこむに違いない。

しゅんっとしたきらの顔が容易に想像出来て優は眉間に皺をよせた。

その途端、ぐいっと腕を引っ張られた。

「!?」

「設楽君、行くよ。」

「は!?お前、何言って!?」

「いいから、来るの!」

いきなり腕をひっつかんだ仁美に、半ば引きずられるように優は雑貨屋に入る。

「ちょっ!!なんなんだ!」

「いーから、いーから。すみませーん!」

「!」

「はい、なんでございましょうか?」

駆け寄ってきた店員に仁美はにっこり笑ってショーウィンドウを指さした。

「このピンキーモンキーを2つください。」

「なっ!?」

「はい、お2つでございますね。お包みいたしますので、少々お待ち下さい。」

慌てる優をよそに、店員は手際よくピンクのサルを2つとると店の奥へ引っ込んでいく。

それを見送って、まだ自分の腕を掴んでいる仁美を優は睨んだ。

「お前っ!余計な事をするな!」

「え?余計だった?」

「余計だ!」

「ん〜、そうとは思えなかったんだけどなぁ。設楽君、この子をあげたい子がいたんでしょ?」

「っ!」

さっきまでぐちゃぐちゃと考えていたことをいきなり一言で斬られたような感覚に、優は言葉に詰まった。

それを見て仁美がにっこり笑う。

「あのね、あんまり考えすぎはいけないよ〜?喜んでくれるかなぁ、とか思ったら取りあえずプレゼントしてみたら良いの。」

「だ、だが・・・・」

「だぁいじょうぶ!きっと喜んでくれるから。」

妙に自信たっぷりに言い切られて、優が言い返そうとした時、包装を終えた店員が戻ってきた。

促されるままに仁美と一緒にお金を払うと、ぽすっと優の手に可愛らしい袋が収まった。

なんとも自分の手に不釣り合いな重さに優が複雑な顔をしていると、自分の分を鞄にしまった仁美が笑って言った。

「ここで待ってればきっと会えるよ。頑張ってね〜!」

「あ!お、おい!」

「じゃあね。」

ひらひらと手を振りながら仁美が雑貨屋を出ていってしまって、後に残された優は途方に暮れたようにため息をついた。

(なんなんだ?あいつは。それに・・・・どうすればいいんだ、これ。)

いかにも雑貨屋らしい可愛らしい袋の中にはピンクのサルのぬいぐるみ。

自分とこんなフワフワした物の組み合わせは絶対に、どう考えてもおかしい。

けれど、一番おかしいのは・・・・

『きっと喜んでくれるから。』

(・・・・これをやったら柏木はどんな顔をするだろうな。)

なんて事を考えて、やけに胸が弾む自分自身だ、と優は苦笑した。
















―― その『おかしさ』の名前に優が気が付くのは、もう少し先の話。




















                                              〜 終 〜










― あとがき ―
仁美は絶対エスパーだと思います(笑)
あのイベントでの一番のツボが仁美が優にぬいぐるみを買わせたってところだったので。